八海醸造の3代目南雲二郎は銘酒”八海山”で攻勢を続ける!

八海醸造の3代目南雲二郎社長は銘酒”八海山”で好業績を上げ続けているそうです。12月8日(木)『カンブリア宮殿』に登場します。番組では、『この40年間で3分の1までに縮小した日本酒市場において、今も好業績を続けている新潟の銘酒「八海山」。攻め続ける八海山の日本酒の復権を賭けた戦いの舞台裏に迫る!』だそうです。

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改めまして、こんにちは、蒼士です。

3代目南雲二郎社長が『カンブリア宮殿』に登場ということで注目されているようですね。

そこで、いつものように調べてみました。

3代目南雲二郎社長のプロフィール紹介

3代目南雲二郎社長

名前:南雲 二郎(なぐも じろう)
生年月日:1959年1月21日(58歳)
出身地:新潟県 南魚沼市
出身校:東京農業大学 短期大学部 醸造学科
職業:八海醸造株式会社 代表取締役社長
趣味:ゴルフ、スキー

創業は

八海醸造株式会社は、南雲社長の祖父が、地域のためと自分がアルコールが好きだということから始めた会社だったそうです。

南雲社長は、4人兄弟の3番目で、父親は長男が継がなければいけないという考えを持っていなかったようで、長男と長女は日本酒の仕事に全く関係ない仕事をしており、妹は静かに暮らしたいということでお医者さんと結婚されたそうです。

南雲社長は、自然の流れで会社を継いだそうです。

会社に入社する前から会社を継ぐ意識というのはあったそうですが、具体的に経営を継ぐという考えを持つようになったのは、入社してからだそうです。

まずは営業から

入社してから最初は営業から始められたそうです。

そのころは、日本はバブルの真っ盛りのときで、居酒屋に行くと八海山のお酒が1合1300円という高値で提供されていました。

このことを知って南雲さんは、驚いたそうです。

そして、すぐに名刺を渡してお店の人になぜ八海山のお酒がこんなにも高いのか理由を聞きました。

そしたら、仕入先の中卸から1ヶ月に一升瓶が3本しか入らないというのです。

そのころはは、『八海山あります』と表に看板を出していればお客さんの入りが良かったというのです。

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だから、少量のお酒を売り切れにさせるわけにはいかなかったのです。

これを知った南雲さんは、これは非常に良くない状況だと考えます。

生産量を増やすために

メーカーの生産量が少ないがために市場価格が上がってしまって、一般のお客様に酒造メーカーとしての役割を果たせていない状況を自然と作ってしまったのです。

すぐに生産量を増やす生産体制の改善に取り掛かりますが、年間一升瓶50万本を100万本にするというのは簡単ではありません。

量を作るだけでなく、品質も確保しなくはならないからです。

最大3トンの仕込み設備のまま100万本を生産することを目指すのですが、当時の業界では非常識などと言われていました。

しかし、南雲さんは諦めませんでした。

そして、ついに見つけます。

日本中探し回って、富山にある蔵で3トンの設備で150万本を生産している酒造りをとうとう見つけました。

これを参考にし、自動化できるところは自動化の機械を導入し、現場の社員のがんばりもあって現在は320万本の生産体制を構築することに成功しました。

南雲さんは、『絶対にできる』と考えて物事に取り組むそうです。

立ち止まって考えても出来ない理由ばかりが思いつくので、取り組みながら改善していく方が物事うまくいくと考えているそうです。

まとめ・感想

  • 南雲社長は、自分の会社に就職したのは就職活動をしなくても良いという考えからだそうですが、大学では醸造科に行ったりと入社する前に会社を継ぐということは意識していたようです。自分の実家が会社をしていれば当然そういった考えになると思います。長男と長女が別の道に行ったので、南雲社長は、社長になることが出来たのですね。しかし、お話を伺っていると流れだけで社長になられたとはとても思えないしっかりとした考えで、経営をされている印象を受けました。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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