水戸岡鋭治の鉄道デザイン作品がすごい!プロフィールを紹介!

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水戸岡鋭治の鉄道デザイン作品がすごい!プロフィールを紹介します。今、水戸岡さんがデザインを手がける列車が全国で増えてきているそうです。そんな水戸岡さんがプロフェッショナルに登場します。全国から腕利きの職人たちを総動員した「ななつぼし」では、水戸岡さんが職人たちのものづくり魂に火をつけて製作しました。

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水戸岡鋭治さんのプロフィール紹介

出典:http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/special/20100913/1032920/?SS=expand-life&FD=1136892796

名前:水戸岡 鋭治(みとおか えいじ)

生年月日:1947年7月5日(70歳)

出身地:岡山県 岡山市 吉備津(現:北区)

職業:インダストリアルデザイナー、ドーンデザイン研究所 代表取締役

出身高校:岡山県立岡山工業高校

経歴

水戸岡さんは、小さい頃は窓から外を眺めるのが好きな子どもだったそうで、のんびりとして不器用で鈍臭い少年だったということです。

そんなことからついたあだ名は、「鈍治(どんじ)」で、このあだ名を本人が気に入っているというのですから驚きます。

このあだ名が気に入っているので、後に設立した「ドーンデザイン研究所」の名前の由来になったそうです。

水戸岡さんが、高校を卒業した後は、大阪にあるミラノのデザイン事務所に勤めました。

高校を卒業するのは、17か18歳くらいで、ミラノのデザイン事務所に勤めて、その後、1972年にドーンデザイン研究所を設立されますので、設立されたのが25歳くらいになります。

そこから計算するとミラノのデザイン事務所には、7年くらい勤めてから独立されたと思われます。

水戸岡さんが脚光を浴びるきっかけになったのが、九州旅客鉄道(JR九州)の車両デザインです。

1988年の福岡市のホテル海の中道のアートディレクションを手がけて以降は、JR九州の列車や駅、広告のデザインをするようになりました。

1988年ですと、水戸岡さんが41歳くらいになります。

水戸岡さんが最初に手がけたのは、海の中道へ向かう香椎線用のキハ58系気動車を改造したジョイフルトレイン「アクアエクスプレス」です。

その後は、熊本駅の改装、キハ200系気動車のデザインを行いました。

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プロフェッショナルで取り上げられた豪華寝台列車「ななつ星in九州」は、2013年10月から運行が開始されました。

このとき、水戸岡さんは、66歳くらいになるのではないかと思います。

日本最大級の豪華列車で、鉄道マニアにはたまらないのですが、一般の方でもこちらの車両には、『一度は乗って旅をしてみたい!』と思わされる素晴らしいデザインとデザインを実現させる職人たちの見事な技が見る人達を魅了させています。

なんでも、水戸岡さんはななつ星のデザイン前に世界各国のリゾート地や高級ホテルを研究し、ヨーロッパの豪華列車に勝てるデザインをされたそうです。

さすが、インダストリアルデザイナーですね!

インダストリアルデザイナーというのは、工業デザイナーともいわれているそうで、工業製品のデザインをしている方のことをいいます。

製品である以上は、他の製品に勝たなければいけない。

勝つためには、他の製品の研究は当然必要になってきますよね。

水戸岡さんは、日本の従来のデザインでは勝てないと判断されたのでしょうね。

勝てるデザインとはどういうデザインなのか、お客様が嬉しい商品というのはどういうものなのかを考え抜いた結果があの『ななつ星』というデザインに行き着いたのですね!

しかし、どんなにすごいデザインができても実現できなければ、絵に描いた餅で、全国の腕利きの職人を総動員して作ったというのですから、凄すぎですよね!

職人さんというのは、一癖も二癖もあるのが職人です。

その人達のモノづくり魂に火をつけるというのは、生半可なものでは決してないでしょう。

そうした苦労の結果から実現させることができたのが、『ななつ星』です。

また『ななつ星』の見方が変わりますね。

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まとめ・感想

  • 水戸岡鋭治さんのプロフィールを紹介させて頂きました。今、ななつ星をきっかけにしてなのか、水戸岡さんが手がける車両が増えているということですが、これだけ人気になる寝台列車をデザインした方であれば当然な気がしますね。寝台列車は、飛行機などの他の交通機関が発達して衰退しているのですが、豪華な列車の旅ということであれば、まだまだ国内には需要があったということがわかるケースでした。こうした隠れた需要というのは国内にはまだまだありそうだということを教えてくれる事例だったのではないかと思いました。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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